歌舞伎文字の勘亭流を体験してきました

先日、名古屋駅からすぐにある「わざもん茶屋」さんで「勘亭流教室」に参加してきました。

勘亭流については後ほど詳しく記載しますが、歌舞伎の看板に使われている字体です。
相撲や寄席に使われている字体とは違う字体です。
この「勘亭流」の文字を実際に自分で書いてみよう。という内容です。

勘亭流(かんていりゅう)とは

安永8年(1779年)というと江戸時代後期に誕生しました。
第10代将軍徳川家治の時代です。
足軽の身分から立身出世し老中にまでなった田沼意次の政治真っ只中。
従来の米を中心とした経済から、商業資本にシフトするという経済政策を行うも、賄賂の横行で政治腐敗が極まるという大変な時代真っ只中に勘亭流は生まれました。

江戸の堺町の書道指南・岡崎屋勘六さんが、同じ町内に住む中村座の座主の9代目中村勘三郎さんから依頼を受けて、書いた看板に使われたの初です。
今とは大きく異なり宣伝手法が限られていたので、この岡崎屋勘六さんの書いた看板が評判を呼んで、興行が大入りになったことがきっかけで、勘六さんの書が評判となりました。
そのため縁起文字として今でも歌舞伎で使われています。

この勘亭流の字体の特徴は、

  • 角を尖らせず丸みを帯びる事によって、興行に関わる全ての無事円満を願う
  • 客席が埋まるようにと墨黒々と隙間なくたっぷりと書き、大入満員を願う
  • お客を招き入れる様に、跳ねは外にではなく内へ跳ねて工業の大当たりを願う

というものです。

実際に教室で使用したお手本

勘亭流を体験して・・・

筆と墨を用いて文字を書く。という点では書道と同じなのですが、習字や書道の常識はほぼ通用しません。
習字や書道というより、カリグラフィに近い印象です。でもレタリングとは違う。

まず半紙ではなく普通紙や上質紙など、墨の滲みにくい紙を用います。
さらに文字のバランスを決めるための「わりつけ」と呼ばれる罫線を描きます。
この「わりつけ」を客席(升席)に見立て、墨をお客さんに見立てて升目いっぱいに文字を書くわけです。

用途が看板ですので、字体をしっかりとさせるために「補筆(ほひつ)」という2度書きが許されます。(習字では怒られるヤツです)
跳ねも内に向ける必要があるので途中まで書いて、内側から跳ねの部分だけ後から書き足します。

ただし最初に書く筆運びがうまくなければ、書けないのでその点では書道から生まれた字体だと思います。
あくまでも補筆は、字幅を太くしたり、丸みを強調するだけなのです。

講師の先生の話を聞いててい、言霊(ことだま)という考え方がありますが、それと同じ様に文字にも霊が宿る。というか書き手の気持ちが込められている字体なんだな。と感じました。

実は歌舞伎役者さんと違って、家元制度が勘亭流にはないそうです。
そのため同じ文字を書いても、人によって字体が微妙に異なるそうで、字体を見れば誰が書かれた文字か判断できるそうです。

2時間の時間があったのですが、あっという間でした。
途中1時間30くらい経過した頃に、休憩してくださいね。と言われるまでそんなに時間が経過しているとは思いもしませんでした。
90分近く没頭して時間を忘れるくらい集中するって、いつくらいだろう・・・
非常に面白い経験ができました。
これを機に、自分の名前が勘亭流で書けたらな〜と夢が広がりました。

来月も「わざもん茶屋」さんで勘亭流教室が開催されますので、ご興味のある方はぜひご参加ください。

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